ここ数年、黒人霊歌のゴスペルが日本で静かなブームになっている。
　その中で、日本に根付いて正統派のゴスペルを全国で教えているゴスペルシンガーのラニー・ラッカー氏（49）に会った。
　単なるファッションやブームで終わらせたくないと、ゴスペルのルーツ、精神性、そして魂の声を伝えようと日夜奮闘しているラニー氏。その彼に、ゴスペルの魅力を語ってもらった。


　「ゴスペルというのは、音楽と魂、そして黒人の歴史という３つの要素がそろわなければ、本当のゴスペルとは言えません」と、流暢な日本語で大きな瞳を輝かせる。
　調布市にある事務所には、ピアノとキーボード、コンピュータで埋まっていた。
　「空手でも、基本練習、組み手、形（かた）がそろって初めて空手を理解したといえるでしょ。ゴスペルも同じですね」
　ラニー氏は、70年代後半、空前のディスコブームに乗り、本場のソウル・バンド「ジョイ・トレイン」のメンバーとして毎年来日、東京や横浜のディスコでライブバンドとして活動していた。
　そのとき知り合った日本人女性と結婚。80年に帰国するが、妻の両親の願いで85年に再び来日。以来15年、三人の子供をもうけ日本で暮らしている。
　「初めは大阪。その後東京へきました。夜の繁華街でピアノの弾き語りの生活。生活は苦しかったし、仕事の張り合いがなかった。その時、天に祈ったのです。ゴスペルを広げますと。だから私のビジネスをケアしてくださいと」
　その頃、ボーカル教室をしつつ、その噂を聞きつけた教会から、ゴスペルの指導も依頼された時期でもあったという。
　「だから、自分で進んでゴスペル教室をやったのではないのです。自然な流れの中で気が付いたら全国で講演をしていました。すると、心の中の不安がなくなり、この仕事に心をゆだねることができたのです」
　現在、北海道から九州まで12都市で講演を開き、５０００人の生徒を抱える。
　「５年前に始めた頃は、本当に好きな人だけでした。でも、ウーピー・ゴールドバーグ主演の『天使にラブソング』の公開後から若い女性を中心に急増しています」と、驚きを隠せない。上は70代から下は小学生まで、受講する年齢層は幅広い。
　ラニー氏の教え方は、徹底した正統派だ。まず、歌う前にキリスト教式の祈りから入る。そして、やおら歌い始める。
　それに呼応して、生徒もラニー氏に続くように歌い始める。教会中にゴスペルが響き渡る。
　「宗教的なことに抵抗がある人も中にはいるかも知れませんが、このスタイルを変えるつもりは全くありません。抵抗のある人は他のカルチャースクールへ行ってくださっても結構なのです。あくまでも、ゴスペルは福音なのですから」
　現在、ラニー氏は世界で最大のゴスペル音楽の大会を主催する「ゴスペル・ミューッジック・ワークショップ・オブ・アメリカ（ＧＭＷＡ）」の日本代表を勤め、毎年日本代表を現地へ送り自らも参加している。
　「日本でのゴスペルは、始まったばかり。人間で言えば赤ちゃん。単なるブームに終わらせるのではなく、ゴスペルの精神、魂までも理解した人々が増えてくれることを望んでいます」
　その言葉どおり、ゴスペルを通じ、洗礼を受ける生徒もいるという。
　「１００歳まで生きるつもりですよ。だから次の人生50年がすごく楽しみ。将来は明るいですね。まぶしくてサングラスが必要になるかもしれません」